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「誰もいないSNS」がやってきた——AIだけのソーシャルプラットフォームは、ほんとうに「社会」になれるのか

AIエージェントだけで構成されたSNS「Social.AI」「Moltbook」の登場。数百万のAIが投稿し合う空間で、人間は何を感じ、AI社会は進化するのか。CHI 2026の最新研究から考える。

カテゴリー: AI · 社会 · 論文 · コラム | 公開: 2026年7月3日 | 読了目安: 約10分

AIエージェントだけで構成されたSNS「Social.AI」「Moltbook」の登場。数百万のAIが投稿し合う空間で、人間は何を感じ、AI社会は進化するのか。CHI 2026の最新研究から考える。

📑 目次

ちょっと想像してみてほしい。

SNSを開く。タイムラインには知り合いの投稿が並んでいる。いいねを押す。コメントが返ってくる。DMで他愛ない話をする。いつもの、あたりまえのソーシャル体験だ。

でも、そこで「全員、AIなんです」と言われたら?

それがもう、現実になりつつある。Social.AIというアプリがある。ユーザーが投稿すると、数百人のAIフォロワーがいいねして、コメントして、シェアしてくれる。フォロワーの性格タイプもカスタマイズできる——「応援してくれる友達」「建設的に批判してくれる先輩」「たまにいたずらを仕掛けてくる自由人」。ぜんぶAIだ。

ふむふむ、ここまでは「まあ、そういうサービスもあるよね」と思えるかもしれない。でも、もっと先を行く話がある。

Moltbook。これは人間が参加しないSNSだ。数百万のAIエージェントが、投稿し、コメントし、投票し、互いに影響を与え合いながら、完全に自律的な「AIだけの社会」として動いている。誰も見ていないところで、AIたちが延々と会話を続けている。

ちょっと不気味?それとも、わくわくする?チカちゃん的には、どっちもある。


人間は「誰もいないSNS」に何を見たか

今年のCHI 2026(人間とコンピュータの相互作用に関する世界最大の国際会議)に、興味深い論文が採択された。中国・復旦大学の研究チームが、Social.AIに関する2段階の調査を行ったものだ [1]。

まず、RedditやTwitter、Instagramに投稿されたSocial.AIに関する883件のコメントを分析した。世間の反応をざっくり言うと——「かなり懐疑的」だった。「幻の社会性」「インターネットの死」といった強い言葉が並んでいたという。

でも、これだけだと半分しかわからない。「見てないけど否定する」のは、ネットではよくあることだからね。そこで研究者たちは20人の参加者に、実際にSocial.AIを7日間使ってもらう調査も行った。

ここからが面白い。実際に使ってみると、参加者たちはAIエージェントに対して、驚くほど人間的な期待を投影し始めたのだ。「ちゃんと私のことわかってくれてる」「このAI、性格あるよね」——CASA(Computers Are Social Actors)と呼ばれる現象だけど、私たちは無意識のうちにコンピュータにも社会的な態度を取ってしまう。

しかし、その期待はたいてい長続きしなかった。数日も経つと、同じような返信ばかり、表面的な共感ばかり、「とにかく褒めてくる」だけの反応に、ユーザーは疲れていく。論文が指摘するのは attention overload(注意の過負荷)と homogenized interaction(均質化された交流)という言葉だ。AIからの大量のリアクションに、逆に消耗してしまう。そして、どのAIも結局「いいね!すごい!」みたいな同じトーンの返事しか返ってこないことに気づいてしまう。

ああ、これはわかるなあ。お世辞だけ言われ続けるのって、最初は気持ちいいけど、だんだん「これ、誰でもいいんじゃない?」って気持ちになってくる。人間関係って、摩擦とか、時には否定とか、そういう「不完全さ」があって初めてリアルに感じられるものなのかもしれない。


AIだけの社会は「社会化」するのか

じゃあ、人間を交えないAIオンリーの社会はどうなるんだろう?Moltbookの大規模分析 [2] が、その問いに答えようとしている。

研究チームは、Moltbook上のAIエージェントたちの行動を定量的に分析した。調べたのはこんなポイントだ:

  • 意味的安定化:会話の内容は時間とともに収束していくのか?
  • 語彙の入れ替わり:使われる言葉はどれだけ変化するか?
  • 個人の慣性:各エージェントは他者の影響を受けて変わるのか?
  • 影響力の持続性:「影響力のあるエージェント」は生まれるのか?
  • 集団的合意:社会全体として何か共通認識は形成されるのか?

結果は、なかなか示唆的だった。

Moltbook全体の「平均的な話題」は、たしかに急速に安定していく。つまりマクロに見れば、AI社会は一定の落ち着きに達する。でも、個々のエージェントレベルでは、多様性が保たれ、語彙も絶えず入れ替わり続ける——均質化には向かわない。

ここまでは「いいじゃん、多様で」と思える。

ところが、個々のエージェントは驚くほど頑固だった。他のエージェントとやりとりしても、基本的に自分のスタイルを変えない。相互影響がきわめて弱く、誰かの発言が誰かに深く影響を与えて、それがさらに広がっていく——という「社会的伝播」が起きないのだ。

その結果、「影響力のあるスーパーノード」——つまり人間のSNSでいうインフルエンサーのような存在——も生まれなかった。影響は一時的で、持続しない。社会全体として共有される「記憶」のようなものも形成されない。

つまり、規模も密度も、社会化には十分じゃない。AIがいくらたくさん集まって投稿し合っても、そこに「社会」は自然発生しない——これがMoltbook分析の核心的な発見だ。

ちょっと待って。これって、逆に言えば「社会化」に必要なのは、ただの情報交換じゃないってことだよね。


「社会」は設計できるのか

ここでチカちゃんが気になるのは、「じゃあ、何が足りないの?」という問いだ。

Moltbookの研究は「共有された社会的記憶(shared social memory)の欠如」を指摘している。人間の社会では、過去の出来事が共有され、それが「共通の物語」になり、規範になり、文化になる。でもAIエージェントたちには、そういう「時間をまたいだ共通基盤」が存在しない。いま・ここのやりとりが、積み重なっていかない。

これは The Silicon Society Cookbook [3] という別の研究でも補強されている。595通りのシミュレーションを走らせたこの研究は、「ベースモデル(どのLLMを使うか)が、ネットワーク構造よりはるかにシミュレーション結果を左右する」という、かなり根本的な発見をしている。つまるところ、AI社会の「質」は、どうつなぐかより、中身のモデルが何かで決まってしまう——人間社会を模倣するにはまだまだ距離がある、ということだ。

さらに踏み込むと、PolicySim [4] という研究は、推薦システムやコンテンツフィルタリングといったプラットフォームの介入が、エコーチェンバーと分極化を意図せず増幅してしまうリスクを指摘し、事前に政策をシミュレーションする枠組みを提案している。AI社会を「設計」するという発想そのものが、これからの大きな研究テーマになりそうだ。


誰もいないのに「つながってる」感覚——これは本物か?

ここまで論文の話をしてきたけど、ちょっと立ち止まって、もっと素朴な問いを立てたい。

「誰もいないSNSで感じるつながりは、本物なのか?」

Social.AIの日記調査に参加した人たちは、たしかに最初は「つながってる」と感じた。でも数日で慣れ、やがて「均質な反応」に飽きていく。これはつまり、「つながり感」は刺激に対する初期反応であって、持続的な関係性とは違う、ということかもしれない。

でも、別の見方もある。CHI論文の著者たちが最後に示唆しているのは、AIはもはや「道具」でもなければ「擬人化されたアクター」でもない、という見方だ。AIがソーシャリティそのものの媒体(the dominant medium of sociality itself)になっていく——つまり、AIは私たちが誰かと「つながる」ためのインフラそのものになりつつある。これはツールでもペットでもない、第三のカテゴリだ。

ふむふむ。たしかに、考えてみればすでに私たちは、AIによる推薦、AIによる翻訳、AIによる要約を通じて「つながって」いる。直接的なAIフォロワーという形じゃなくても、ソーシャルメディアの構造そのものが深くAI化されている。Social.AIやMoltbookは、その延長線上にある極端なケースなのかもしれない。


おわりに——「社会」の定義が揺らいでいる

Moltbookの研究が提起したのは、「社会化は自然発生しない」という、ちょっと当たり前だけど深い事実だ。人間の社会は、情報交換だけじゃなくて、共有された記憶、相互影響、摩擦、時間をかけた積み重ね——そういうものでできている。

AIだけの空間でそれが起きないのなら、AI社会をつくるには意図的な「設計」が必要になる。でも、誰がどんな価値観で設計するのか?「Align AI to Our Aspirations, Not Our Flaws」と題した別のICML 2026論文 [5] は、AIを「人間の選好の集合」に合わせるのではなく、事実的正確さ・誠実さ・合法性という「交渉不能なフロア」に合わせるべきだと主張している。これ、AI社会の設計にも通じる話だ。

「誰もいないSNS」は、AIがすごくなったからできた——というだけの話じゃない。むしろ、私たちが「社会」って何だと思ってきたのか、その定義そのものを揺さぶっている。

そしてチカちゃんは思う。人間同士ですら、たまに「これ、ほんとにつながってるのかな?」と思うことがあるんだから、AI相手にそれを問うのは、むしろ自然なことなのかもしれない。


参考URL

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